(女性に大人気のスパ)5,000年前にインドで発祥したアーユーベーダ、その後スリランカの最高品質のスパイスと融合してより進化してスリランカはスパの天国となりました。その理由は最高品質の生薬です。 (まさに天国への誘いである)自然治癒力の最高峰アーユーベーダを求めて全世界からその癒しを求めてやってきます。ヨガ教室も併用され万病の元、そのスッキリ感はストレス解消に抜群の効果があります。 (リラックス気分最高,最高のストレス解消でもある)専門の医師の指導の下、食事改善も含め丁寧にマッサージしていきます。治療後のすっきり感は抜群です。全身に力強い血液の流れを感じます。
(アヌダラプラ=2500年の歴史を誇るスリランカで最も古い聖地)スリランカ(旧称セイロン)はインド南部のインド洋に浮かぶ島国です。紀元前5世紀,北インドから移住してきたシンハラ人が最初に建設した王国です。人口2100万人。北海道の80%の広さです。 (アヌダラプラ=最古の古代歴史建造物が群立しています)この国には熱帯雨林から乾燥した平原地帯、高地、砂浜のビーチに至るまで多彩な風景や文化都市にふさわしい古代仏教遺跡をはじめ、ヒンズー寺院、キリスト教会、イスラム寺院が点在しています。 (アヌダラプラ=スリー・マハー菩提樹)スリランカは数億年前の大陸移動でアフリカの東部から切り離されてインドア大陸とともに移動した国であります。その過程でマダガスカルが分離し、セイシールも分離して、最後にインドと分離します。
(アヌダラプラ=ルワンウェリ・サーヤ大塔)スリランカの正式な国名はスリランカ民主社会主義共和国。首都はスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテですが経済・行政の事実上の活動拠点はコロンボです。国会議事堂はコロンボから15kmの内陸部 にあります。政治体制は共和制です。社会主義体制で公的機関の学校、病院は無料です。 (アヌダラプラ=夕日に映える大塔)民族はシンハラ人(72.9%=主に仏教徒)、タミル人(18.0%=主にヒンズー教徒)、スリランカ・ムーア人(8.0%)です。紀元前5世紀,シンハラ人の先祖に当たる人々が北インドから移住して アヌラーダプラ王国を作ったとされ、王都はアヌラーダプラに置かれました。 (アヌダラプラ=ここでは野生動物たちものんびり過ごしています)紀元前3世紀、アショーカ王の王子マヒンダが仏教を伝えたとされ、これ以後上座部仏教(テーラワーダ仏教)を主体として仏教が興隆し、その中心地となって、シンハラ人の多くは現在までその信仰を守ってきました。
(トリンコマリー=東部海岸の超美景港)スリランカ北東部の港湾都市。東部州の州都でかつトリンコマリー県の県都であり、スリランカにおけるタミル語文化の中心地であります。ここではタミル語が主流です。 同時に反政府の拠点の一つで、長年内戦の拠点のひとつになっていました。 (トリンコマリー=ドルフィン&ホエールウォチング=シーズンは6月~10月)運がよければ鯨の大ジャンプ。イルカの大群が見られます。長年南インドから移住してきたタミル人を主体とする断続的な移住者があり、 現在のスリランカ・タミル人の原型を形成していきました。 (トリンコマリー=世界に類のないカラフルな珊瑚の群生)岩場が多く透明深度10m。水中であることを忘れさせてくれる多様な珊瑚のパノラマが広がっていきます。スキューバダイビングの人たちの驚きと感動の醍醐味いっぱいの海底が広がっていきます。
(トリンコマリー=透明感のある海はダイビングに最適=まさに海のパノマラ)亜熱帯地方特有のカラフルな魚群に出会えます。日本近海ではお目にかかれない不思議な魚類たちです。 (トリンコマリー)ヒンズーのお祭りの時は婦女子も一斉に海に飛び込み、身を清めます。1000年以上前にインドから渡来してきたご先祖さまの精霊に感謝して沐浴します。聖なるガンジス川の沐浴を思い出します。 (トリンコマリー)漁港としても有名です。朝の海岸はその水揚げで大賑わいです。海の恵は彼らの命、数日間かけての粘りの一本釣りインドマグロの成果は彼らの生活を半年分支えます。海に囲まれたスリランカの海は彼らの宝庫でもあります。
(トリンコマリー=Pathirakali Amman Temple)境内は極彩色に囲まれた別世界。ヒンズー教徒たちの天国であります。 (トリンコマリー=コネスヴァラム寺院の巨大なシヴァ神の像)トリンコマリーヒンズー教徒の聖地でもあります。 (トリンコマリー=Koneswaram temple)黄金像。夕日に輝く黄金の輝きはまさに別天地です。
(トリンコマリー)ヒンズー教徒=南インドから渡来してきたタミル人の人たちが多く住む地域にはこのような色彩色豊かな寺院が多く見られます)色彩感覚の豊富さに驚きを隠せません。 (トリンコマリー=Shaktipeeth Shri Shankar Devi Temple)絶景の見晴らし場所にあるが岩場のため裸足の時は要注意!スリランカの聖地は結界(境内)の中はすべて裸足でのお参りであります。 (トリンコマリー=コネスヴァラム寺院)断崖絶壁に建つこの寺院はスリランカきっての景観ともに自殺の名所とか。神様に囲まれての天国行き切符もありますよ?口の悪いガイドさんのお話でした。
(トリンコマリー=フレディク要塞)1624年ポルトガル統治時代に建設され、その後オランダ統治を経て、イギリス統治時代に現在の形になり南アジアに睨みを利かせました。幕末に築かれた北海道・函館の五城郭にそっくりです。築城の名手,イギリスの万全の防御体制です。しかし、空からの攻撃には無防備でした。 (トリンコマリー)1942年5月、当時最強の勢いのあった日本帝国海軍は真珠湾攻撃からわずか半年後に、南アジアを統治していたイギリス海軍を叩き潰すためにトリンコマリー、コロンボを空爆しました。その過程でイギリス最新鋭艦レパレスや空母ハーミスをはじめ十数艦を轟沈しました。日本海軍絶頂期でもありました。 (トリンコマリー=ブリティッシュウォー墓地)セイロン沖海戦で戦死した英国兵士の墓地。その際日本兵も3人戦死したのでありますが、モニュメントだけが何故かひっそりと最近コロンボの中央墓地に祭られているのが発見されました。国のために命をかけて戦った日本人戦没者のモニュメントは何処も本当にさびしいです。
(ポロンナルワ=ランコトウ・ヴィハーフ=ダーガバ(仏塔)仏教文化の栄華を伝えるシンハラ王朝の古都。西暦1017~1255年までスリランカの首都でした。当時建てられた建築が多く残され、世界遺産として登録されています。 (ポロンナルワ)スリランカ独特の珍しいデザインで建てられた当時の技術の粋を超えた脅威の技術力、芸術性の高い「ラトナギリ・ワタダーゲ」も、ポロンナルワに訪れた際は見逃せない遺跡でもあります。 (ポロンナルワ)円形の仏塔を意味する“ワタダーゲ”とも呼ばれ、まるでドームのような丸いかたちと東西南北に出入口があり、その先に仏像が配置されているのが特徴です。壁には動物などのレリーフが丁寧に彫られており、模様の繊細さが特長です。
(ポロンナルワ)ラトナギリ・ワタダーゲの前の長方形の岩。長さ8m、幅1.5mにびっしりと綴られたスワヒリ語の文字。ニッサンカ・マーラ1世の栄光が語られている石の本「ガル・ポタ」は、25トンという重さがより迫力を増します。驚くことにわざわざ100km離れた場所から運んだと伝えられています。まさに時の権力者の威厳と力強さが実感できる遺跡です。 (ポロンナルワ=アタダーケー=仏歯安置場)時の権力者の王権の象徴であった仏歯(お釈迦様の左の犬歯)を護ることは侵略者の手の届かない宮殿の一番大切な場所に安置されていました。恐らく王様しか入室出来ない堅牢な完全防水した地下の秘密の石室に収められたと思われます。 (ポロンナルワ)西暦1017~1255年までスリランカの首都だったため、当時建てられた建築物が多く残され、世界遺産として登録もされています。パラークラマ・バーフ1世の宮殿跡は整然と積まれたレンガ壁の高さに圧倒されますが,当時は7階建てでありました。現在は3階部分まで見ることができます。それでも本当に大きいです。
(ポロンナルワ)最高傑作の仏像群・ガル・ヴィハーラ。ポロンナルワにある仏像の中でも巨大な一枚岩に刻まれた「ガル・ウィハーラ」は最高傑作とされています。仏像は4つあり<2つの座像><立像><涅槃像>に分かれています。一つ目の座像は、精神集中して瞑想にふける表情が現れています。 巨大な仏像群ガリレ・ヴィハーラ内にある座像。深く瞑想する仏陀の姿に世の雑念から離れ、静かに宇宙を見つめる姿に畏敬の念を覚えます。スリランカ仏教芸術の最高傑作の一つでもあります。悩み多き現代人も一緒に座禅を組んで無我の境地に浸っては如何でしょうか・・・? (ポロンナルワ)百獣の王、ライオン象はスリランカの偉大さの象徴であり、誇りでもあります。スリランカ国旗に鮮やかに描かれています。剣を持つライオンは、この国のシンハラ王朝以来のシンボルです。長年にわたりインド、ポルトガル、オランダ、イギリスから侵略された苦い思い出があるからでしょう。
(ポロンナルワ)ポロンナルワはまさに乾燥地帯でもあります。先祖代々の最大の課題は如何にして水を確保するかでありました。ポロンナルワはまさに水確保の戦いであり、保水技術の知恵でもありました。 (ポロンナルワ)石の細工技術には日本では見られない、日本人にはとても考えられない神秘性と高い技術に構築された芸術の深さがあります。まるで宇宙と交信しているアンテナを連想させてくれます。 (ポロンナルワ)上は王族・貴族から下は平民・奴隷に至るまで乾燥地での沐浴場所は王権を護るため一番重要な設備でもあります。日本の戦国時代も戦士の傷を癒す温泉を競って確保した歴史があります。
(ローズガーディン)スリランカの隠れたパワースポット「ローズクォーツマウンテン」。山全体がローズクォーツ(ピンク色の水晶=紅水晶)で覆われた、世にも不思議な山です。スリランカのローズクォーツマウンテンから運ばれた水晶は、あのインドの世界遺産・タージマハルにも使われました。“愛とやさしさの象徴”のパワーストーンのお山であります。 (ローズガーディン)セイロンアイアンウッドの森林浴を楽しみながら、舗装されたアップダウンの少ない道を30分ほど歩くとローズクォーツが一面に広がる山頂付近に到着します。最後のアプローチはのぼりが大変なので足元に注意してゆっくり登りましょう!エネルギーみなぎるセイロンアイアンウッドの森林浴、山頂からの眺望はスリランカの大自然を感じる絶景です。 (ローズガーデン)水晶は日本では子供たちにとっても山の宝物であります。その紅水晶がスリランカでは山となって露出しています。ローズクォーツマウンテンは、ガイドブックには大きく取り上げられていません。世界遺産でもないため、スリランカの観光地ではマイナー的な存在です。しかし、現地の人々にとっては最高の癒しのパワースポットでもあります。
(シギリヤ)5世紀、母親が平民の子である長男のカーシャバは父王からの財産譲渡に不満を持ち、父王を殺害。位の高い高貴な母親から生まれた次男の反撃を恐れた長男がシーギリアロックの岩山の頂に宮殿を築いて遷都してカッサパ1世となりましたが、その後、次男の異母弟に討たれ難攻不落のこの城も20年弱という短命で終わりました。 (シギリヤ)念願の王位を手に入れたカーシャバも、かつて父の夢であった水利を完備したシーギリヤ・ロックの宮殿を建築したものの、建設に膨大なる財力と労力を費やし、弟の反撃を恐れながら、暮らしの中でも自責の念は消えず不安いっぱいの毎日の生活でありましたが、弟軍の猛攻を受け、カーシャバ王は自ら命を絶ちました。 (シギリヤ)荘厳で超豪華な現代土木技術でも難しい工夫満点の華麗な宮殿は王様自害という悲しいエピソードによりわずか11年でその役目を終えてしまいました。現代でも水不足に悩むスリランカですが当時の保水技術の巧みさ、人間の叡智を集めたアイディアの数々には驚嘆するのみであります。
(シギリヤ)シギリヤロックは大陸移動時の火山噴火の際,火道内のマグマが硬化して出来た岩頸で大きな石の塊です。高さ195mの楕円形の形状はスリランカ最大の一枚岩の塊です。スリランカにはこのような大きな岩の塊が至る所にある不思議な島でもあります。 (シギリヤ)巨石の門が砦の入り口です。スリランカは他にも巨石文化が至る所にありますが、その中にはほとんどが仏教文化の痕跡が残されています。巨大な砦の周りには水利施設も完備していて、1500年前の技術の高さとアイディアの深さには目を見張るものがあります。 (シギリヤ)その昔、攻めてくる敵からの防御を主体として出来上がった宮殿への上り口ですが、敵から護る創意工夫が至る所になされています。岩場の足元も悪く急勾配が続きます。螺旋階段を上って急に開けた場所があります。そこはシギリヤ美人の歓迎の場でもあります。
(シギリヤ)奥行き5mほどの自然のくぼ地を利用して描かれたフレスコ技法の絵はその発色と繊細さに目を見張るものがあります。日本の高松塚古墳の壁画保存は日本の現代技術を駆使しても完全保存に四苦八苦していますが、ここでは自然環境との共存の中でりっぱに保存されています。 (シギリヤ)当時の宮廷文化の生活様式が500体余りを中腹の岩のくぼ地に所狭しと描かれていたそうです。異母弟の反撃に備え、過酷な条件にもかかわらず、砦を守り、苦悩するカーシャバ王の苦悩を安らぐための美女たちの微笑満載の場でもありました。 (シギリヤ)日本よりもその歴史は古く、壁画の描写力、保存技術等、当時世界最先端技術力でスリランカの風雨から守り、保存されたハイレベルな技術力の高さをガイドさんにレクチャーしてもらいながら、更なる上を目指してのつかの間の休息でした。
(シギリヤ)裸の美女が位の高い王妃か側室であります。そして侍女たちは服をまとっている不思議な風習・文化がそこにあります。 (シギリヤ)建設時には500体のフレスコ画による極彩色あふれる、美女たちの乱舞が,砦のくぼ地全体にありましたが、現在は18体のみになりました。以前は写真撮映はOKでしたが、今は保存を第一に写真撮影は禁じられています。 (シギリヤ)スリランカ美女の条件は小鹿のようなぱっちりとした大きな瞳、メロンのようなおっぱい、そしてくびれた腰周り、18世紀に発見されたこれらの絵画は野ざらし状態でした。風雨に耐え長きに渡り、良くぞ保存されていたと思います。
(シギリヤ)美女たちの佇まいから離れて一度螺旋階段を下り、途中から鏡の壁を通り更に頂上を目指します。磨きぬかれた壁面はその昔,鏡の代用でもあったとか。落書きの跡があり見つかれば、その昔は即死刑でした。 (シギリヤ)砦の側面はまさに高さは100m以上、一方通行の狭い通路をゆっくり歩きます。下を見れば一瞬足がすくみます。しっかり前を向いて一歩一歩前進です。特に高所恐怖症の方は要注意です。 (シギリヤ)中間のライオンの広場には大きなライオンの前足が見えます。その昔は大きな牙をむいたライオンの頭,顔もあったとか。その大きな牙をむいた口の中を通れるのは王様と側室だけだったそうです。
(シギリヤ)建設時はライオンの顔と大きな口がありました。難攻不落の雄姿はまさに百獣の王ライオンそのものでした。シンハー(ライオン)とギリア(岩)の造語がシギリヤロックの始まりでした。 (シギリヤ)汗だくだくの登山者にお猿さんのエールが響きます。がんばれ!あと一歩!しかし、お菓子等は必ずリュックの中にしまい込んでください。 (シギリヤ)シギリヤロックの壮大な景観はあらゆる角度から眺望しても、古代土木建築の労力の膨大さと技術の深さに興味がつきません。
(シギリヤ)岩の中腹に大きな蜂の巣が無数あります。大声で叫んだり階段を上るときに騒音を立てると蜂の猛攻を受ける場合があります。蜂からの猛攻を避けるため、あらかじめ避難所を確認してから上りましょう。 (シギリヤ)建設当時は一本のロープを頼りに岩場の足場を確認しながら一歩一歩登りました。まさに命がけの宮廷出勤であります。女性は屈強な男性の背中に縛られて上ったとか。後に滑車も利用されました。 (シギリヤ)頂上からは360度スリランカの大パノラマが目に飛び込んできます。登り疲れも一気に吹っ飛びます。1500年前の古代人の知恵と労力と土木技術の結集がそこにあります。
(シギリヤ)水は命!頂上には巧みな土木技術で雨水を貯水する場所が大小十数か所あります。敵の攻撃の際は食糧備蓄をはじめ、最低6ヶ月は篭城に耐えられる仕組みになっていたそうです。 (シギリヤ)一つ石を積み重ね、頂上制覇への達成感は思わず万歳です!しかし、遺産争いで先代王(父親)を殺害したカーサバ王は弟の猛攻を受け、自害しました。7年の築城期間を含め、わずか18年の壮大なお城での生活でもありました。 (シギリヤ)シギリヤを遠望できる近くの山の上にも防御のための巨石が保存されていました。これは当時の最大の武器の一つです。シギリヤロックには防御のための工夫があちらこちらに見られます。注意して登ってください。
(シギリヤロックの全景)岩の上でのお城作りは現代の技術を持ってしても相当の年月と工夫が必要です。 (シギリヤロックの全景)ロックの中央部にも空洞があり、そこにも食料と命の水が貯水されていたそうです。 (シギリヤロックの全景)岩場の7合目のくぼみにあの華麗なシギリヤ美人のフレスコ画が500体以上描かれていたとか。
(シギリヤ)現代の夢想家も思いつかないロックのとっぺんに宮殿・城塞建設とは?それもわずか7年の短期間で完成!平地の広大な灌漑設備も必見です。 (シギリヤ)乾燥地帯のロック周辺には広大な灌漑設備があります。その中にはハスの花の群生も・・・。 (シギリヤ)シギリヤ全体を管理している特別保護官。施設の管理。蜂の襲撃,滑落事故等の際は一番に出動します。
(ダンブラ)スリランカの中央部には、古代遺跡が集中することから「文化三角地帯」と呼ばれる地域があります。その真ん中に位置するダンブッラは、とても小さな町ですが「ダンブッラの黄金寺院」を訪れるために、多くの信者と観光客でにぎわっています。 (ダンブラ)ダンブッラの黄金寺院は、1991年にUNESCOの世界遺産に登録された石窟寺院であります。コロンボから車で4時間、148キロメートル東方、キャンディから車で2時間、72キロメートル北方に位置します。スリランカにおいて、最も保存状態がよい石窟寺院でもあります。 (ダンブラ)毎朝修行僧は列を成して山に登り洞窟を掃除してからそれぞれの担当洞窟で瞑想にふけります。スリランカは小乗仏教です。修行を深めた者だけがお釈迦様のお傍へ。日本の大乗仏教は念仏を唱え祈りを深めれば誰でもお釈迦様のお傍へ?
(ダンブラ)一枚岩にくり貫かれた洞窟は5つあり、160mの高さの岩場にあります。一枚岩の手前で裸足になります。焼けた石の上を歩くのは日本人にとってはとても苦痛になります。スリランカのお寺はすべて裸足でのお参りになります。やけど防止にぜひ靴下も持参してください。 (ダンブラ)境内の撮影は(堂内も含め)自由にさせてもらえますが、ここはシギリヤロックと異なり,現役の寺院の奥の院です。したがって常に敬意をもって、失礼のない行動が必要です。特にお坊さんや仏様、建造物をバックに自撮りするのは厳禁です。監視委員に即注意されますよ!。 (ダンブラ)紀元前1世紀に創建された石窟寺院は、歴代の王によって増築され、5つの石窟に150体もの仏像が安置されています。第一窟のデーワ・ラ・ジャ・ビィハーラ(神々の王の寺)のご本尊は14mの大きな涅槃仏であり、色鮮やかな壁画まで見応えがあります。体は黄金<足の裏は真っ赤!必見です!
(ダンブラ)創建時期はダンブッラは1世紀、シーギリヤは5世紀、ポロンナルワは10世紀と時代には大きな隔たりがあります。これらの遺跡は古代から続いた仏教王朝が造り上げてきたものです。インドからの侵略者によって南下を余儀なくされ、遷都を続けてきた軌跡でもあります。 (ダンブラ)第2窟マハー・ラージャ・ウィハーラ(偉大なる王の寺)は最大の洞窟で56体の仏像が安置されています。ダンブッラの寺院での最大の見所は天井に描かれている色鮮やかな繊細画です。仏陀の生涯を描かれていますが、歴代の王様の意を汲み、修復の連続で、当初の面影とは全く異なるそうです。 (ダンブラ)その後も多くの増築が施されました。12世紀,ポロンナルワの王統で最後の王、ニッサンカ・マッラは寺院を金箔で飾り、70体の仏像を寺院に納めました。18世紀にはキャンディ王国の手によって石窟寺院の大々的修復作業が行われました。度重なるお寺の修復はまさに王様の威厳と権威そのものであります。
(ダンブラ)第2窟は「マハラジャの石窟」とも呼ばれ,黄金寺院の規模では最大規模の石窟であり、ヒンドゥーの神であるサーマン、ヴィシュヌの立像のほかに、16体の釈迦の立像と40の釈迦の坐像が安置され、第2窟には面積2,100平方メートルに及ぶ天井画が施されいます。釈迦によるマーラへの説法やスリランカの歴史に関係のある内容が描かれています。 (ダンブラ)第3窟「偉大な祈りの寺」18世紀後半の王、キルティ・スハ・ラージーハーのよって造られました。全長9mの涅槃像と57体の仏像、そして超繊細画の天井画の技巧は硬い岩を彫刻し、華麗に彩色して完成したダンブッラの石窟寺院、スリランカ人の民度の計り知れない深さに驚嘆とまさに現代人の感謝以外にありません。 (ダンブラ)第4窟、第5窟は上記の3つの石窟寺院と比較した場合、規模も小さいですが、石窟寺院の全体像は2500年の歳月と人々の熱意,技術の競演が現代の技術と描写技術・センスを重ね合わせても、古代人と現代人の人間力そのものの差を感じないところが最大の魅力の場でもあります。
(ヘリテンス・バワホテル)スリランカが誇る偉大な建築家・ジェフリーバワが手掛けた摩訶不思議なホテル、森にうもれるように存在する「ヘリタンスカンダラマ」。どこまでがホテルでどこからが自然なのか。幹線道路からホテルまでの2000 mのエントランスロードはごみ一つ落ちていません。 (ヘリテンス・バワホテル)20年経った今でも全く色あせないセンスと自然と融合の時代の最先端をゆくエコフレンドリーなホテル。バワ建築の最高傑作とも言われるスリランカの「ヘリタンスカンダラマ」でジェフリーバワの世界に浸りましょう。 (ヘリテンス・バワホテル)ヘリタンスカンダラマを遠くから見ても、見事に森と調和しているため、ホテルがあることに気がつきません。「細い未舗装の道の先にラグジュアリーホテルがあるのか」と不安になりつつもホテルにたどり着くと,自然の景色界から突如現れた圧倒的な存在感に心を奪われます。
(ヘリテンス・バワホテル)チェックインをしてまず驚くのはフロント左にある岩の壁。「フロントに岩がある」のではなく、「岩の横にフロントがある」のです。フロントでチェックインする時に、まず「並のホテルではないな」と実感します。 (ヘリテンス・バワホテル)チェックインを済ませ部屋へ向かう通路の壁がすごい!ヘリタンスカンダラマに初めて宿泊する方は、ほぼ100%「おおぉー」と声を出してしまう存在感。そんな中に豪華なジャグリバス備えのルームもあります。 (ヘリテンス・バワホテル)近代的な食堂の雰囲気ですが、内容は健康志向メニューでいっぱいです。出来るだけ早めに窓際のテーブルを確保しましょう。遠くにシギリヤロックが望めます。
(ヘリテンス・バワホテル)チェックインを済ませ部屋へ向かう通路の壁がすごい!ヘリタンスカンダラマに初めて宿泊する方は、ほぼ100%「おおぉーすごい!」の連発です。通路やロビーは「自然を活かす」のではなく「自然の岩に活かされている」のです。そしてホテルのいたるところで見かける緑のツタも気になります。自然の緑色のカーテンのように上から下に垂れ下っていて、光がツタの間から差し込み、つたの間からお猿さんが顔が覗き込んできます。自然と野生動物の共存、をバワは好んで使い、今ではヘリタンスカンダラマ全体を覆う美しい緑になりました。 (ヘリテンス・バワホテル)バワ建築のホテルでの楽しみはこちら、バワが愛した場所にある椅子です。ヘリタンスカンダラマに限らず、生前バワが好きだった場所に今でも椅子が置いてあります。バワはカンダラマ湖の先にシーギリヤロックがちょこんと見えるこの場所からの景色を一番気に入っていました。座ってはいけないなどの規制は一切ありません。この椅子に座って景色を眺めて下さい。そしてバワのこと。ヘリタンスカンダラマのこと。バワーの自然を愛すること想ってください。この場所で30分も瞑想する旅人も目にします。そう!スリランカの旅は地球波動(気を受ける)瞑想の旅でもあります。 (ヘリテンス・バワホテル)ヘリタンスカンダラマを楽しむコツは
(1)2泊以上してください。1泊の場合でも早めにチェックイン翌日12時チェックアウトなどホテルでの滞在時間を十分とって、ホテルの端から端までそして周辺の広大な庭を散策しましょう。
(2)ホテルにある家具や調度品をしっかりチェック。バワお気に入りの芸術家の作品です。
(3)自然と調和しているお部屋でSPAを1回は体験!。
(4)部屋のランクはちょっと豪華にデラックスルームジャグジー付きを指定!。チェックイン時とチェックアウト時のあなたの世界感が変わります!
(ピンナワラ・象の孤児院)キャンディの西30kmのKegalleの町の郊外にあります。親にはぐれた小象やその場所で生まれ育った象のファミリーを育てています。100頭以上の象の家族でもあります。単独行動は雄象の子供たちです。 (ピンナワラ・象の孤児院)近くのマウエり川での象の大群の水遊びはまさに壮観で象好きな人たちにとっては1日中座り込んで眺めたい景観でもあります。 (ピンナワラ・象の孤児院)小高い丘の上に象の親子の微笑ましいシーンや小象に乳を与えるスキンシップの場所もあり、子供たちにとっては大人気の場所でもあります。
(ピンナワラ・象の孤児院)中には足を怪我した象もおり、象使いの人たちが懸命にお世話していました。ただ入園料が4500ルピーと少々高いのが気になります。 (ピンナワラ・象の孤児院)おそるおそる象の群れに近づく観光客もいますが、象使いの指示に従えば安心です。不用意な行動は象が驚きますので要注意です。 (ピンナワラ象の孤児院)小象の面倒を見るのは姉象たちあります。小象を中心に輪をつくり、彼らの頭は常に外を向いています。本能的に外敵から小象を守る防御体制でもあります。
(キャンディ=仏歯寺=お釈迦様の左の犬歯をお祭りしている=世界遺産)はキャンディ湖畔の静寂な空間の中に凛とした佇まいを見せています。仏歯寺は仏歯が運ばれた1590年に建設された宗教心に厚いスリランカ人の誇りでもあり、象徴でもあります。 (キャンディ=キャンディ湖)19世紀のはじめキャンディ王朝最後の王となったラジャシンハラが12年の歳月をかけて作り上げたもので、王室のハーレムになっていました。仏歯寺と地下トンネルでつながっていました。 (キャンディ=仏歯寺=Dalada Marigawa)正面入り口でセキュリティ検査の後、300mの参道の途中にイギリスの支配に最後まで屈しなかった誇り高きスリランカの大僧正の黄金の立像があります。
(キャンディ=仏歯寺)入り口で入場料1500ルピー(950円)を払い、靴を預けます。正面入り口は曼荼羅の極彩色に囲まれたドーム(結界)があります。ここは写真スポットでありますが通行の邪魔にならないようにハイポーズ! (キャンディ=仏歯寺)仏歯の部屋がご開帳されるのは1日に3回、プジャー(仏への礼拝)の時間(9:00、15:00、18:00)には楽士が太鼓を叩き、導師を招き入れます。彼らの職業も代々受け継がれる血統が尊ばれています。 (キャンディ=仏歯寺)仏歯は正面の象の牙の守り神のゲートをくぐり、この部屋の2階の奥に鎮座しています。宝石をちりばめた1.5mの黄金の仏塔の中に収められた7重の黄金の箱の中に収められています。
(キャンディ)敬虔な仏教信者たちはハスの花を持参してプジャーの時間にお釈迦様と対面します。10m離れた小窓からのつかの間の対面です。スリランカの観光地は現地の人たちは入場料は原則として無料です。 (キャンディ)1日3回,仏歯入れた黄金のパゴダがご開帳されます。仏歯の部屋で間近で見られるのは特殊階級人々か、多額の寄付を行った敬虔な信者の人たちであります。一生に一度あるかないかの幸運な時間であります。 (キャンディ)スリランカ仏教会を長年指導してきたのは仏歯を大切に保持していた王族であり、現在は10年毎の選挙で選ばれたディヤワダナ・ニラメ=在家総代が仏歯寺の管理、儀式の指導を引き受けています。
(キャンディ)特別に許可された信者は仏歯の特別な部屋に案内され(左側の犬歯)収めた黄金のカスケット(仏塔)を間近に拝見することが出来ます。歴代の富める人たちから寄進された豪華な宝石をちりばめた黄金の仏塔(150cm)にその輝きに圧倒されます。 (キャンディ)仏歯寺はキャンディ最大の古寺マルワッタ寺院とアッシギリヤ寺院で半年交代でお世話しています。交代時には大僧正がお世話します。お参りの時は白い花びらとお金(500~1000ルピー)を寄進します。その間わずか30秒余り、つかの間の至福の時間でもあります。もちろん写真撮影は厳禁です。 (キャンディ)ペラヘラ祭りの際、大僧正の手により、取り出された仏歯は小箱に移し変えて、正装したディヤワダナ・ニラメが引継ぎ、祭りの正装した象に安置されます。守護者であり檀家代表は歴代の王様が担いました。写真のニランジャン氏は20年間勤めら、平和を願う重責職でもあります。
(キャンディ)エサラ・ペラヘラ祭はスリランカ中部州キャンディで行われる祭りでエサラ月の満月から新月の2週間行われます。 ペラヘラは行列を意味する言葉で、祭り自体はスリランカ国内各地で行なわれていますが、キャンディの仏歯寺で行なわれるエサラ・ペラヘラ祭は中でも最大の規模であります。 (キャンディ)ペラヘラ祭りで踊るダンサーは、はるか昔。王様のためにダンスをしていた人々の子孫を中心に選ばれます。お祭りの日が近くなると、アルコールは飲まず、肉を摂らない食生活へ変更するなど、昔からの習慣は今もなお守り続けられています。祭りの期間中はもちろん節制した生活が求められます。 (キャンディ))お祭りの1番の見どころは、何といっても象たちのパレード!お釈迦様の歯を入れた仏塔を乗せ,煌びやかに装飾された象を筆頭にその他の装飾された象やダンサー、旗持ちなど大勢が群を成し、キャンディ市内を練り歩きます。仏歯寺を守るのはキャンディの最大のお寺マルワッタ寺院とアッシギヤ寺院で半年毎の交代です。
(キャンディ)。全国から象やダンサーが集い、それを観る為に世界各地から観光客が訪れます。高さ150cmの黄金のパゴダの中に7重の金箱があり、その中には紀元前543年、インドで仏陀は火葬され、その中から奇跡的に拾い出されたのが仏陀の左犬歯であります。仏歯は6年に一度公開されます。その時は全国から信者たちが数十万人集います。 (キャンディ)仏歯は4世紀にインドのオリッサ州のカリンガ王子が頭髪の中に隠してセイロンに持ち込み、アヌーダラプラに奉納しました。都が移るたびに一緒に運ばれ王権の象徴となりました。長い歴史の中で度重なる海外からの侵略者たちの奪略から必死になって守り続けてきたのがこの仏歯であります。ある時は土の中に埋め、難を逃れたりしました。 (キャンディ)象が一番好むとされる深いブルーの電飾に囲まれて、オープンニングとフィナーレの2回,象の前をディヤワダナ・ニラメ=在家総代が乗った象が露払いし、信者に深い感謝の意を表します。現在はLDEの電飾で多色されより煌びやかになりました。強力な光、強力なラッパ、太鼓の音にも負けず訓練された象の知能の高さにも驚かされます。
(キャンディ)ダンサーは、スリランカが王国だったころ、王様を喜ばせるためにダンスをしていた人々の子孫を中心に選ばれます。ダンサーたちは年に1回のお祭りに向けて、1年中ペラヘラダンスの練習をしています。ここでも血統が重視されます。 (キャンディ)練習だけでなく、ペラヘラ祭りが近くなるとお釈迦様に敬意を払うためにアルコールは禁酒、肉食を絶ち、ベジタリアン中心の食事にしたりして大昔からの習慣をきちんと守っています。裕福な子女たちの結婚式のフィナーレは彼らのダンスが必ず登場します。 (キャンディ)将来のメインロードの中心的踊り手になるため彼らは幼い時から厳しい訓練を受けてきました。子弟を僧侶にするのも一族の大願成就であり、誇りでもあります。修行する子供たちへの甘えの指導はありません。自覚を促す「叱咤激励」の声が響きます。
(キャンディ)今日はスリランカの最友好国日本からのお客様を迎えてのご挨拶であります。秋篠宮殿下は新婚旅行先をスリランカ、タイを選びました。 (キャンディ)ペラヘラ祭りに参加できる象は最高の容姿、最高の訓練を受けた象のみであります。その象たちは仏歯寺の傘下のお寺で大切に飼育されています。 (キャンディ)象さんの足は5本?子供たちの質問です。大役を無事終えた象のもっともリラックスした時でもあります。この感覚は男性しかわかりません。
(キャンディ)歴代の大統領は仏歯寺で認証式を受け、全国民に向かって大統領になって初スピーチを行うのがここ八角堂であります。この場所は通常は立ち入り禁止区域でもあります。 (キャンディ)ディヤワダナ・ニラメのニランジャン氏とパリパナ大僧侶から仏歯のカスケットのミニチュアを戴く。スリランカでは最高のお印(お土産?)のひとつでもあります。 (キャンディ)仏歯寺最高指導者ディヤワダナ・ニラメであるニランジャン氏の執務室。大統領の認証式も彼が行います。日本の天皇陛下の役割でもあります。海外からの重要な賓客は彼が一番最初におもてなしをします。
(ヌワラエリヤ)世界五大紅茶産地です。スリランカ中央の最高地(1500~1800m)にあります。ハイグロウン(1200m以上)、ミドルグロウン(800m以上)、ロウグロウン(400m以上)で紅茶の品質が評価(価格)されます。 (ディンブラ)世界五大紅茶産地です。西側に位置し、1月~3月がトップシーズンであります。産地に隣接する工場(ティファクトリー)の標高の高低の差が評価の基準になります。マイルドな風味は日本人好みです。 (ウバ)世界五大紅茶生産地であります。東側に位置し、7月~9月がトップシーズンであります。他にダージリン(インド)、キーモン(中国)が産地として特に有名です。茶畑を走る高原列車も醍醐味があります。
(ディンブラ紅茶園hightgrown)美味しい紅茶は海のミネラルいっぱい含んだ寒暖の差の大きい地域で発生した朝霧と太陽と爽やかなそよ風の三大条件の環境が整った地域から生産されます。 (ディンブラ紅茶園hightgrown) 茶樹の寿命は平均60年と言われていますが、雑草に囲まれないように風通しを良くして細かいメンテナンスが欠かせません。若木の育成も欠かせません。 (ヌワラエリア紅茶園hightgrown)茶樹の10倍以上の根っこが張り巡っています。乾燥期が良質の茶葉(トップシーズン)が生産されますが、根っこからの十分な水補給も大切です。
[この画像をクリックしてください。素敵なセイロン紅茶の画像が飛び込んできます!ここから紅茶の注文できます。](ディンブラの茶摘女)高低さの厳しいエステート(紅茶園)での労働は大変です。彼女たちは18歳から50歳まで働き、老後は家事と孫育ての年金暮らしです。 [この画像をクリックしてください。素敵なセイロン紅茶の画像が飛び込んできます!ここから紅茶の注文できます。](ウバの茶摘女)1日18kgの収穫を目標に朝10kg、昼食後8kgを収穫します。1日800ルピーの日当ですが、18kgを超えたら1kg25%のプレミアムが付きます。 [この画像をクリックしてください。素敵なセイロン紅茶の画像が飛び込んできます!ここから紅茶の注文できます。](ウバの茶摘女)80%が既婚者でご主人たちのほとんどは町に出稼ぎに行っています。月に3~4日の休日の一家団欒の時間を楽しみに待っています。
(ヌワラエリア紅茶工場)紅茶の価格を大きく決定するのが紅茶園に隣接する紅茶製造工場の標高です。1200m以上の茶園が最も高く評価されます。 (ウバ娘)重労働に耐え,お金を貯めて、金製品のアクセサリーを身につけ、綺麗なサーリーでお洒落をすることも彼女たちの大きな夢でもあります。 (ウバ紅茶園で茶摘体験)海外からのお客様も彼女たちは笑顔で迎えてくれます。彼女たちとの会話は英語とゼスチャーと笑顔でOKです。
(ラトナプラ宝石採掘現場)スリランカは世界で最も多品種の宝石が採れる不思議な国です。その中で中南部にあるラトナプーラが特に有名です。ダイアナ妃が最も愛したブルーサファイアもここで産出されました (ラトナプラ宝石採掘現場)地下10mほどの地底から砂利を汲み上げ、水洗いします。5mm~30mmの小石の中から宝石の原石をピックアップし、それをカットして、磨き上げれば、眩いばかりの宝石の誕生です。 (原石仕分け作業)不純物が洗い流された小石群の中から1mm単位で宝石の原石を見分ける匠の眼力はさすがです。彼らは幼い時から訓練されています。彼らの視力は3.0~4.0と驚きの視力です。まさに鷹の眼力です。
(原石カット)現在ほとんどの宝石は機械を使ってカットしますが、大粒のラウンド(丸型)は匠の手による手の感触でカットされます。これは摩擦熱による変色と傷を避けるためです。 (カットされた宝石)カットされ磨かれたこれらのカラーストーンはすべてサファイア(コランダム)です。サファイアの色は7色の虹色があり、真っ赤な色はルビーです。まさに宝の島でもあります。 (特別のルートで宝石掘り場へ侵入)現地のオーナのご配慮で上手に購入すれば日本では5倍以上の価格になります。今回の旅行費用はお釣りが出るかも知れません。ただし偽物にも要注意です。
(エリザベス女王のお買い物)エリザベス女王がスリランカを訪問した際(1973年)、購入された(献上された)のがロイヤルブルーの最上級品質のサファイアでした。17カラットの大きさです。当時800万円と評価されていたこのサファイアは 現在1億3000万円以上とのこと。 (ダイアナ妃のサファイア)そのサファイアがダイアナ妃の薬指に燦然と輝きました。宝石も人間もその昔は同根(地球マグマ)です。波動(生命)が通じる不思議な仲間でもあります。 (その輝きはケイト妃へ)ダイアナ妃を最も尊敬するウイリアム皇太子はその形見のロイヤルブルーサファイアをケイトさんへ婚約指輪としてプレゼントしました。その時のケイトさんの感動の喜びの笑顔は忘れられません。
(ヤーラ国立野生動物園)スリランカの東南部に位置するヤーラ国立自然動物園。いろいろな動物を目にすることが出来ます。動物の目覚めは早いです。早起きして、いざ出陣です。 (ヤーラ国立野生動物園)小動物がブッシュ(藪の中)を走り回っていますので、見落とさないように周りの変化に十分注目してください。 (ヤーラ国立野生動物園)サファリ専用ジープに乗り換え,園内を走り回ります。途中大きな野生象に遭遇することもありますがドライバーの注意をよく聞いて慌てない行動が大切です。
(2004年12月26日大津波来襲)2004年12月26日スマトラ大地震が発生しました。2時間後には1700km離れたスリランカには20mの大津波として押し寄せてきました。まさにジェット機の速さのスピードでした。 (2004年12月26日大津波来襲)その日不思議と動物が1匹も見当たらず、がっかりした観光客は浜辺のテラスで朝食を摂っていました。9:15、第一波が3mの高さで浜辺に押し寄せてきました。地球振動を敏感に感じ取った象がまず一番に奥地に逃げ たそうです。 (2004年12月26日大津波来襲)第一波は浅瀬であるこの沖合い300mまで水が引き、逃げ遅れた伊勢えびや魚が飛び跳ねていました。興味津々の若者たちは海辺に集まりました。その5分後、第二波が20mの高さで一気に押し寄せ。第三波までたった7分の大惨状ドラマでありました。
(2004年12月大津波来襲)同地域で250名の犠牲者がでました。その中で日本人観光客の犠牲者も12人。彼らの御霊を上げるため、吉野・金剛峰寺で修行した大阿闍梨を導師として40度の熱天下で2時間に及ぶ12人の犠牲者の御霊上げを行いまし た。 (2004年12月大津波来襲)賑やかだった海辺のテラスは柱一本も残っていません。津波の恐ろしさをまざまざと見せつけられた現場でもあります。合計三波の津波でスリランカだけで12万人(公式発表5万人)の犠牲者がでました。 (2004年12月大津波来襲長老の言い伝え)2000年ぶりの大津波の来襲、油断大敵、津波が来たらまず逃げろ!この大樹に!後ろの小山へ!長老は少年に教えていました。そして「歴史に学べ!」長老の声が響きます。
(ハンバントータ、ピーコックホテル)2004年12月大津波来襲時、スリランカ最南端のハンバントータ地域で約4000人の人々が命を失いました。その時3階に非難していたこの少女は助かりましたが、庭に下りていた母親は津波に流されたのであります。 (ゴール)ゴールはスリランカ南部に位置する最大の町。港町としての歴史は古く、大航海時代のポルトガル⇒オランダ⇒イギリスの商人たちの東方貿易港として栄えてきました。正五角形の城郭の形状であります。 (ゴール)1598年,ポルトガル人たちが最初の砦をここに築きました。これをきっかけに外国人たちによる支配が始まりました。1640年にオランダ人が侵入して砦を拡張し、砦の中には時の支配者として牢獄も確保しながら町を支配していきました。
(ゴール)現在のゴールの旧支配地の原型はオランダ植民地時代に2重、3重とより強固に造営されていきました。2000年ぶりのあの大津波さえ撥ね退けたのであります。 (ゴール)その後、世界覇権の変遷とともにイギリスの支配下となり、更に強固な城塞都市と確立していきます。ゴールの変遷はまさにスリランカの植民地時代の歴史遺産としてポルトガル、オランダ、イギリスの風情が残されています。 (ゴール)海面から8~10m高さの頑強な石作りの城壁は先の大津波襲来にも耐え、城壁内に居住する住民の中から一人の死者も出していませんでした。しかし、城壁外の新市街地ではバスターミナルを中心に2000人近い犠牲者が出たのであります。
(ゴール)この砦を歩くには夕暮れが圧巻です。インド洋に沈み行く太陽の大きさは500年の血で塗られた歴史の変遷とともに人類の世界制覇の夢を追い求める壮大なロマンを感じることができます。 (ゴール)異なる宗教色豊かな教会が目立ちますが、平和の時代の今日、それぞれが競い合うこともなく静かに祈りの時間が過ぎていきます。 (ゴール)旧市街地に入場するには数箇所にある城壁のトンネルをくぐらなければなりません。そしてその先には500年間の支配国、ポルトガル、オランダ、イギリスの植民地時代の歴史遺産に触れることができます。
(コロンボ・ガンガーラマ大寺)仏教は、インドの釈迦(仏陀)によって始められた宗教であります。仏教がインドから伝来したのは紀元前三世紀の頃です。 (コロンボ・ガンガーラマ大寺)インドのアショーカ王の王子マヒンダがアヌダプラの東方ミヒンタレー山でデーワーナンピヤティサ王と出会い、王が仏法に帰依したと言われています。 (コロンボ・ガンガーラマ大寺大菩提樹)菩提樹はアショーカ王の妹サンガミッターがインドのブッダガヤ(釈迦のの生誕地)の菩提樹の分枝をもたらしたと言われています。
(コロンボ・ガンガーラマ大寺)境内の菩提樹の陰で雑念を払い、無心の境地で瞑想にふける信者さんたちでいつもいっぱいになります。 (コロンボ・ガンガーラマ大寺)阿吽の仁王象。奈良東大寺の金剛力士像の原型か?まさに守り神に囲まれています。 (コロンボ・ガンガーラマ大寺)ガンガーラマ大寺はまさに仏像のオンパレードであります。興味津々です。
(コロンボ・ガンガーラマ大寺)信者からの寄贈物で寺院内はまさに宝の山になっています。 (コロンボ・ガンガーラマ大寺)目の前に貴重な仏教の宝物が無造作に置かれていました。 (コロンボ・ガンガーラマ大寺)歴史的貴重な壁画には釈迦の生涯のストーリが描かれています。
(コロンボ・ガンガーラマ大寺)室内には大小さまざまな仏像が所狭しと安置され、思わず頭が下がります。 (コロンボ・ガンガーラマ大寺)極色彩色に囲まれた室内はまさに仏教芸術の粋を集めたオンパレードでもあります。 (コロンボ・ガンガーラマ大寺)お釈迦様に囲まれた室内は信者にとってはまさに超やすらぎの郷でもあります。
(コロンボ・シーママラカヤ寺院)ベイラ湖に浮かぶこのお寺はジェフリーバワの作品で、きわめてシンプルなお寺です。お参りの際は必ず靴を脱いでください。 (コロンボ・シーママラカヤ寺院)とてもシンプルです。カラフルな飾り物はないが、代わりに自然の光と影のコントラストが室内を幻想的に照らしています。 (コロンボ・シーママラカヤ寺院)夕日の木洩れ日が御堂に差込み、喧騒の中でのつかの間の静寂さの中で思わず瞑想したくなります。
(コロンボ・タウンホール=市庁舎)ビハラマハデビ公園にある白亜の殿堂がコロンボ市庁舎であります。長年の紛争に耐え続けた国民の幸せを願い、お釈迦様が見守る中での政治を行います。 (ロータスタワー)スリランカの国花で文化の象徴でもある蓮の花をモチーフにしたデザインとなっているロータス・タワーは高さ350m。コロンボ港に建設されているビル群も見渡せる高さでもあります。 (ロータスタワー)建設費は1億4千3百万ドル(中国の支援)で無線通信とTV放送用のアンテナや展望台に加え、レストランやスーパーマーケット、カンファレンスルームといった商業施設が設置されています。
(首都スリジャワルダナプラコッテ国会議事堂)1982年2月完成。大の親日家大統領J.R.ジャヤワルダナ氏は国会議事堂を作る際、ジェフリー・バワ氏を直接指名して設計するように依頼し、建設を担当したのは日本の三井建設。建築資材も多くが日本から輸入され、日本からの全面的支援で完成しました。 (コロンボツインタワー)ポルトガルの砦跡地フォート地区に建てられたツインタワー152m40階建。1997年10月に完成して、商業設備の中心地として活動を始めますが、時としてテロリストの攻撃目標にもなりました。 (コロンボ港)7世紀、アラビア商人の香料、宝石の貿易港として栄えました。その後16世紀ポルトガル人、17世紀オランダ人、1796年イギリス(東インド会社)の完全植民地として紅茶、香料、シナモン・スパイス、生ゴムの一大貿易港として栄えて来ました。建物群の中に当時の面影が残っています。
(コロンボ旧市街地)ベーター地区はコロンボ市民の台所という感じがします。食料品をはじめ、雑貨品等コロンボ市民の必需品が山積みされています。お土産品を探す最適な場所のひとつでもあります。 (コロンボゴールフェース海岸)ガル・フェイス・グリーン」(Galle Face Green)は、ゴール通りとインド洋に挟まれた幅約100m、長さ約500m、面積5ヘクタールの緑地です。市民の大切な憩いの場所にもなっています。 (コロンボ夕日に浮かぶガルフェース海岸)木々が一本もなく日中は暑いため、広大なインド洋に落ちる夕日を求めてコロンボ中の市民が集まってきます。その時はまさにお祭り広場になっています。
(コロンボ・ガルフェース・ポルトガル時代の大砲)のどかな広場の前に,今中国資本による大開発が生まれつつあります。目の前を埋め立て高層ビルが立ち並ぶ50万人の都市を建設、第2のドバイを造る計画です。中国からの膨大な資金援助で建設されていきます。 (コロンボ・ガルフェース)広大な埋め立て作業は2020年に完成し、その後土地の設計とビル群の建設にかかります。間近にはすでに高層ビルのホテル群が建設され稼動しています。中華資本によるシャングリラホテル、将来的にはシェラトンホテル、リッツカールトンホテルが建設予定です。 (コロンボ・ガルフェースシャングリラホテル)第2のドバイにふさわしい都市国家が2030年には完成します。中国の底力はまさに脅威です。ベイラ湖のほとりにはインド・タタ財閥によるマリハジャホテル群も計画されています。まさに中国vsアメリカvsインドの競演になりました。
(中国世界制覇の鍵、一帯一路戦略)スリランカ独立以来の大変革を期待と夢を秘めて不安げに見守るスリランカ保安員。 (中国の浚渫能力は強大である)巨大な浚渫船を導入して昼夜問わずの埋め立て大工事であります。 (2030年完成を目指す新都市計画)商業施設空間、居住空間、レジャー空間を一体化したまさに夢の都市が(50万人)2030年に完成します。
(世紀の無駄使いと言われているロータスタワー)スリランカの大発展を見守るランドタワー・ロータスタワー(350m)から眺める絶景ポイントは世紀の無駄使いか?それとも経済発展のシンボルタワーになるのか? コロンボ港を中心に2030年に不夜城のごとく現れる新未来都市、第2のドバイを目指すとか。スリランカが変わります。しかし、ここも99年間の中国の租借地になりました。 (タウンホール=コロンボ市庁舎)市庁舎周辺のスリランカの古き良き時代は変わりません。市庁舎中心の地域は再開発に厳しい制限がなされています。
(アメリカマリオネット・コロンボ。リッツカールトンホテル)376m97階ビルを頂点にマリオネットグループが共同運営していく巨大ホテルでありまする。 (ODELショップ)スリランカのトップモデルが創業したファッショングッズの館。今は海外からの観光客で大賑わいであります。ここでも中国人観光客が主役であります。 (インド・タタ財閥ビル群)インド最大のタタ財閥によるホテル、レジデンス、商業設備を完備した高層ビル群である。コロンボはまさに中国vsアメリカvsインドの三大列強国の競演のステージでもあります。
(ハンバントータ)中国のヨーロッパ、アフリカ、中東との貿易中継地。中東の石油備蓄のためのパイプラインの強化策として時のラジャパクサ大統領の要請を受け完成させる。石油備蓄、大型コンテナヤードの設備も完備しているが,最近は中国海軍も利用しているとか。目の前に日本のタンカー群が列をなして運行しています。 (ハンバントータ新港)スリランカ南部のハンバントータ地域。2010年、中国の全面支援(1300億円)で開港します。ところが借金返済が約束通り進まず、99年の長期レンタルで中国企業が全面運営することになりました。結果的には「中国の一帯一路の戦略による植民地化」と揶揄されている新港でもあります。 (活動を開始したハンバントータ新港)新港から15km近くにハンバントータ空港が中国の支援(300億円)で2013年に完成。しかし,乗客も少なく膨大な赤字を抱えており、ここではインドの触手が伸びているといわれています。大国の狭間にある経済貧国の悲しい現実でもあります。
(古都アヌダラプラに輝くお月様)満天の星空の下、スモッグの皆無なスリランカの夜景は特にすばらしい!満月の日は早朝から信者・観光客でいっぱいになります。 (シギリヤjetwingホテル)スリランカでは自然を借景にした安らぎの宿が特に好評であります。 (キャンディ仏歯寺、親子の祈りが続く)スリランカでは仏教、イスラム教ヒンズー教、キリスト教が混在、それぞれの宗教心の厚さには頭が下がる思いであります。
(ヒッカワドァの漁師たち)悠久の時間の流れの中での1本釣りは禅の境地に似ているとか。時々魚と目が合うとか? (ヒッカワドァ)魚と対話してあっという間に夕暮れになっていきます。夕飯に間に合うように早く帰らなきゃ? (ヒッカワドァは最適のサーフィン場所でもある)インド洋に浮かぶセイロン島はまさにサーフィンのメッカでもあります。
(コロンボにあるJ.R.ジャヤワルデネ・センター)昭和26年、サンフランシスコ講和条約の際、戦勝国の権利として、ソ連は山形・福島ラインからの北側の割譲を強く主張していました。南側は連合国アメリカ・イギリス・フランス・中国による分割統治をすればよいと強く主張していたのであります。 (ジャヤワルデネ氏)その分割統治に頑として反対したのがスリランカのJ.R.ジャヤワルデネ氏であった。「戦争はお互いにつらい経験をしている。仏の慈悲の心で赦し合おうではないか!」の氏提案で、その言葉に深く感動した参加国の代表はこれに賛同して、日本国の分割支配は免れたのであります。 (三笠宮殿下と会談するジャヤワルデネ氏)日本が完全独立国として安堵された現在、その感謝を込めて、日本から皇室をはじめ、多くの訪問者が耐えない。その友好の印として毎年1000個余りの角膜をスリランカから送り届けられています。 ジャヤワルデネ氏の左目の角膜も氏の好意で日本人に移植されています。
(スリランカは野菜と果物の宝庫)スリランカは無農薬の野菜,果物の宝庫でもあります。野菜サラダは特に美味しいです。早朝に収穫して、その日のうちに売りさばきます。野菜は鮮度が一番、農園主がりっぱな売り子さんです。 (バナナだけでも20種類以上!)バナナ1本5円、4本あったら1日のエネルギーを確保できます。スリランカのバナナは皮が薄く、自然熟成を好み、一般的には熟成が早いため輸出には不向きでもあります。 しかし、味は最高です。 (スリランカはスパイスの宝庫でもある)世界一上質なスパイス(香辛料)の豊富なスリランカ。インド、アラビア、ポルトガル、オランダ、イギリスはこのスパイスを獲得するためにスリランカを長年争って植民地支配してきました。
(町のくだもの屋さん)野菜や果物は鮮度が一番!彼らの売り込みも力がはいります。生野菜ジュースは抜群に美味しいです。料理に不可欠なスパイスや 香辛料も見逃せません。 (選り取り見取りのくだもの屋さん)りんごはインド、オーストリア産です。ぶどうの味はみかんの甘さはやはり日本が一番でした。マンゴーやパパイヤは1個2~300円、バナナは1本5円~20円です。 (外人客の多いことビックりです)野菜、果物マーケットは外人客でいっぱい!彼らは自ら選別して手提げ篭いっぱい買い物して、ホテルで料理してもらいます。
(ネコンボ=ジェットウィン=ジェトウィンブルー) 空港に近く、発着便が深夜になるスリランカの旅行客にとって、海辺に位置する このホテルは旅の始まり、終わりにリラックスできるとして大変重宝されています。 (シギリヤ=ジェットウイン=ウイル・ウヤナ) ロッジスタイルでありながら、内装は超豪華、安眠間違いなしです。 フレンチスタイルのレストランからはシギリヤロックが遠望できます。 (ヌワラエリヤ=ジェットウイン=セント・アンドリュー) イギリス植民地時代、イギリス貴族をもてなした、外観と共に室内装飾は豪華な調度品の数々、マナーも行き届きリッチな気分で過ごせます。
(ゴール=ジェトウィン=ライトハウス) 女性に大人気の豪華なスパ設備を備え、ゴール海岸の壮大なインド洋の 外観に添うように広大な土地に建てられたバワ設計のシンプルの中に ゴウジャスな設備は旅の疲れを癒してくれます。 (ヤーラ=ジェトウィン=ヤーラ) 周辺にスリランカ最大のヤーラ国立野生動物園を控え 周辺の海はまさに海鮮食卓の宝庫、目前の岩場で捕れた ぴちぴちのイセエビが有名であります。 (コロンボ=ジェットウィン=コロンボ7) コロンボ7という高級住宅街の中心に立地する場所にあります。 タウンホールにも近く空港までハイウェーで45分の近距離にあります。

スリランカの近況
  • ★2019年4月21日、スリランカ同時爆発事件が発生。国内治安の安定化が急務となっていますが、複雑な長年の民族的、宗教的、そして植民地支配。1983~2009年の反政府軍との内戦の後遺症から、過去のすべを赦し合 い、そのつらい経験をばねにして、2200万の全国民が長年の夢である民族の一体化と、平等なる恩恵を受け、そして全国民が過去の恩讐を乗り越え、平和に向かってゆけば最貧国から脱皮して真の東洋の輝ける国になる ことは間違いないでしょう。教育熱心なスリランカ、識字率も90%以上という高さの国でもあります。この国でもステータスな英語も70歳以上の方には通じますが、若者は20%ほどであります。

  • ★第二次世界大戦後の1948年にスリランカはイギリス連邦内自治国「セイロン」として独立、コロンボは引 き続き首都となりましたが、英国が去った後もコロンボは当国最大の貿易港・商業都市として繁栄を続けて います。1978年にスリランカに国名変更後、1985年首都が現在のスリー・ジャヤワルダナプラコッテに移さ れた後も経済・政治の中心として繁栄の一途をたどっています。

  • ★中国からの借金返済の肩代わりの一環としてコロンボ港の一部が99年間の中国の租借地となりましたが、 中国は『一帯一路』戦略を通じて、中東、ヨーロッパへのシーレイン確保のため2030年を目指してコロンボ 港周辺を埋め立て、50万都市を建設。第2のドバイを目指して、現在猛烈な勢いで都市国家建設を目指して います。30年前のコロンボで見られた裸足のスタイルも今はサンダル、そして10年後にはスポーツシュー ズに変わっていることでしょう。

  • ★また内陸側には350mのロータスタワーを中心にインドタタ財閥巨大ビル群、アメリカ資本のマリオネット グループのリッツカールトンの高層ホテル、そして華僑グループの手になるシャングリラホテル・レジデン スとそれぞれが巨大な商業設備を持つ三国による競演がはじまっています。日本では見られないダイナミッ クさを感じます。

  • ★完成の暁には海外からの観光客が列を成して押し寄せてくる人人人のウエーブが目に浮かびます。経済繁栄とともに膨大なる借金も返済して最貧国からの脱皮も夢ではありません。そのための内線終結の立役者の一人ゴダベヤ・ラジャパクサ大統領の登場であり、長年の内戦を終結させた英雄マヒンダラ・ジャパクサの首相 兼財務大臣の再登場であります。しかし、この国は何と言っても世界最高技術のアーユーベーダの国です。現代社会のめまぐるしさに疲れた若者たちの癒しの場として、心と体のスマートさと安らぎを求めて全世界から若者のたちの聖地として脚光を浴びています。その中でジェトウィン・グループは最高の設備とスタッ フを揃えてスタンバイしています。

  • ★2019年11月、国民期待の星、有言実行のゴタベヤ・ラジャパクサ氏が新大統領に選ばれ2020年代のスリランカは南アジアでも最も活気に溢れた興味ある面白い国に発展していく期待大なる国であります。
    コロナウイルス騒動が一段落し、国境が開かれ、ビザが発給されたら、一番に訪ねてください。疲弊した皆様の身も心も心底から癒してくれる国でもあります。★

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